文房具屋のおやじのひとり言
3.11の災害・ユーロ危機・リーマンショック等など直接は関係なくとも世の中の景況は商売人の足元にも少なからず影響してきた。この商売「文房具屋」がここ数年で半減している。デフレの影響といわれてるがそうじゃない。中国製の価格で恩恵を受けてきた業種も実は、安い中国製が良いわけがないことを知っていてうってきた。安いのはやっぱり駄目だったと気がつくのに時間がかかっているのだ。見た目同じ商品でも中国製品だと6割の利益が出て、日本製品だと3割しか利益がないとしたら、中国製を売る事を選ぶだろう。多分「安かろう悪かろう」に気がつくのに時間ががかっている。売り側は良いものを扱いたい。そう思いながらむなしく閉店してしまうのだとおもう。










高齢化とは、高齢者の人口割合が多い状態を云うのです。
医療の進歩や健康管理の普及で元気で高齢者が、手持無沙汰でおられるのを見ませんか?。
元気な高齢者に働いて貰いませんか。? 若いときのようにフルタイムでなく、好きな時間だけ時給400円でも良いじゃありませんか。
高齢者が高齢者の面倒をみるのです。介護資格があるナシなどどうでもいいのです。高齢者はつまづいて骨折をすれば、以後歩く事も買い物も出来ず座ったきり・寝たきりじゃ・・・
働くことは健康を管理する手段と思って自分の出来る時間1・2時間を、頭を働かせて動くのです。






天災は悲惨である。想定出来る災害が存在したなら政治家は10分の1で足りる。
独裁者カダフィが反乱を想定して、地下に逃亡路を廻らしたとしても無駄な想定なのだ。
その無駄な想定に税金の取り合いをする政治家の偽善ぶりは、テレビに時間を割いて声高に物言う姿のうさん臭さを消臭できるのは災害の現実であろう。


市街地の限界集落の存在をテレビで知った。
大店法の規制緩和で郊外の大型店出店は市街地の小規模スーパーが姿を消す。若い世代は便利な所に移転出来るが、高齢者は商店の無い市街地に居続けることになる。これが限界集落である。2キロ先まで歩いて食料品を買いに行かなければ飢死になる。とりあえず、在るものを食べて間に合わせる食事が多くなり、栄養の失調をきたし病気になる。ゆくゆくは孤独死である。

  シャッター商店街を何とか復活させたいと行政が、あれこれ対策を廻らしては見るが効果がない。
当たり前だ、元々商店は自前の地所に建物を利用して家賃や管理費なしで始めた生業なのだ。便利だから人が集まり、また商店も増えていってやがて商店街となった。繁栄は課税を強いる。やがて競争が激しくなり、店舗の付加価値を競い繁栄した。只の道路ぞいで始めた店舗も商業地の課税となり、又高い相続税の負担に商いの利潤では処理できないで継承さえ諦める事になったのである。

農業・水産業・酪農など食料自給率を上げるための各種補助があるのは当然として、限界集落での生鮮食料品の小売は、食の供給という大切な任務を地域の商店経営者に一任するなら当然、補助金もあっていいと思う。








リーマンショック以来、殺伐としたニュースに辟易しているのは私だけであるまいと思う。
TVのニュースやワイドショーでうんざりしてチャンネルを変えるとNHK以外はどこも出演者が楽しんでいるばかりで、視聴者の事を忘れたディレクターの能力不足を経営者がきがつかないのだろうか?
斯く云う私も先が見えないでいる。近頃、1000円程度いつでも買えそうなもので、目先を変えた商品が出るとすぐに問い合わせてくる。現物を見てこんなもの売りたくないと思っていても、取り寄せてみるとトンと売れない。このことは本質を見失ってはいないと感じるのだが、お客さんはチョットでも変ったものを低価格なら自分のものにしてみたいと思うのだろう。
ブランドが売れないのは、高いからではなく余裕がないのだ。その余裕を吹っ飛ばしたのが欲張りファンドの連中である。それに加担した金融機関も含めて本質を見つめ直してもらいたい。
消費者は賢く、いい物は生き残れるということ。こんな時代だから本物が通用することを信じて筋の通った考えを貫きたい。
2009/11/18




いよいよだなと思う。昨日都議選が終わった。
自由民主党がソッポを向かれ始めた。油ののっていない魚はまずかろう。永い議員生活で要領よく陳情を捌くのが得意な先生方には降りていただき、縁側でゆっくりして貰うほうが、世のためでしょう。
霞がかかった関所を、晴天の霞が関に換えなければ日本は沈没しそうだ。
霞が関OBはまさに古い狸と都合のいいベンチをそこらじゅうに置いて、税金を予算として使いまくった。
余ったお金を使うのだったら、まだ可愛いが、予算と称して懐(定年後の週4日勤務で退職金)に入れるなんてことは歌舞伎役者も演じられメー!
いよいよだな、国民の意思を反映して政策を実行するそんな人を選びたい。
2009/7/13




山形店をたたんだ。おやじの道楽も限界だな?。理由はどうにでもなる。しかし、小売業そのものが行く方向を見誤っているのではないだろうか。
商店街ばかりかショッピングセンターでもシャッターアウトした虫食い状態なのはなんだろう。
商売は生き物だ。だから花なら水・鳥なら木の実となり、店には金。お店には金を掛けろということ。
(時代に即した感覚を取り入れるのも、新しい商品を並べるのも、従業員の教育にもお金が掛る。
汚れた陳列ケース・売れ残った商品・いい加減な従業員など社長・店長の責任でしょう。)
ご多聞にもれず山形店(山形駅ビル)も虫食い状態。表向きは65店揃えてありますが、空いた店舗はとりあえず穴埋めをするだけで、催事屋ごときにお役に立ってもらっています。そしてますますお客離れの現象を手をこまねいてみているのが現状。

          店=魅せる(みせとはみせるもの)   商い=飽きない(あきないはおきゃくをあきさせない)

そのため何をすることが大事か考えよう。
2009/6/13








2008年100年に1度の破綻が起きた。
自分の会社が損をして赤字にならないようにするにはどうしようと、商品を造り出していた社員を切り捨てた。
期間契約雇用だから、放り出してもかまわない。と大企業は右にならう。正社員だけでは売りそこなってしまい、機会損失がでるぞと、儲けるだけ働かせて放り出す。
わかい頃、ニコヨンと読んで240円の日当で道路工事をしたり、下水道の工事をやっていた。確か土木工事屋の下請けの仕切り屋がいて毎日今日は50人、翌日は70人と駆り出して働き場所を提供していたのを思い出した。
現在の派遣会社はまさに当時の仕切り屋と何ら変わらない。
  こんなとき、手に職をつけて居ることの有難さを実感するのではないだろうか。職人は生涯研鑽を続けるものだ。
生涯自分の仕事に旺盛な意欲とたゆまぬ努力に終点はない。
資格を持っているだけで、医者・教師・弁護士などなどきりがないが、資格に対して研鑽を続けている者がどれくらいいるのだろうか。言い換えれば今の仕事に正面から向き合い、さらなる進歩に追従しようと努力をしている者だけが生き残れるのではなかろうか。
  中学生のころ、「生涯勉強することになるのを忘れるな」と言われたことを思い出す。
世界的な不況は、もう一度仕切り直しのスタートラインに全ての人が並んだのだとおもう。ヨーイドン!
2009/1/12





地球温暖化に関心が高まって良い事だ。
便利な事にはどんなことでもコストがかかる。歩けるところでもタクシーに乗る。
夜間営業の店舗・終夜バスと電車。競争社会は便利を売り物にして発達してきた。だから発達をしない競争社会は考え難い。でも地球はどこと競争するのだろうか、温暖化で異常気象や洪水・干ばつのリスクを避けて別な星に住み替えをする?。なんてこった。あり得ない。
ノー包装を指示してくれるお客さんが、だいぶ増えた「シールだけでイイです」と言ってくれる。
小さい心掛けが始まって来たと思う。CO2は出したくない。だからもっと無駄を省くことを考え、地球を汚さない様に物を大切に使い、すぐにゴミと化ける石化製品を減らして、間伐材を生活に活用するように努めたい。
こんなつまらない事を思いつかせるのは、お客さまだった。
2008/7/1



久しぶりに商売(あきない)を思ってみた。。
「いい仕事しているね」と褒めている。職人は何処にいても或は何処でも腕に持つ技術を発揮する事が出来る。
商人の仕事振りは「いい仕事してる」と言われることはない。「儲かっているね」とは言うが。

商店が激減してきている。この事は片や商業施設の開発が大規模化していたり、高級化へと変化しながら時の感覚的要求を満たそうとしのぎを削る競争があるからなのだろう。
商売人が生き残るには、「いまどき」の事を身に纏った商売をどのように実現していくかであると思う。
商人は「儲けて悪いわけはない」である。儲けてもなお「いまどき」を表現し、常にお客様の気を惹きつける喜びを知る必要がある。

お店を構え、商売をする。  これをお客様を「あきさせないでみせる」と訳したらどうだろう。
商=あきない。 店=みせる。 飽きさせないように魅せる努力は無限に続くのが商売なのだと思う。
老舗と言われる有名店は、創業000年と言われもなお、新鮮で清潔で「いまどき」を感じるのはどうしてだろうか。
営々と続く努力がいいものとモダンを繰り返し「いまどき」を創り出しているのだ。
2007/11/8

 

偽装の社会が暴かれている。
ある時期に「機会損失」を声高に述べた学者がいる。その言葉は誰にでもすぐ理解された。
「売り逃し」がもったいない。「期限切れ廃棄」はもったいない。「1600時間労働」は労働力もったいない。
それではと、24時間営業が始まり・残業操業で増産し・表示偽装を通常操業に組み込みなどなど、
挙句の果。高齢化社会だというのに24時間営業のサービスをしてほしいと誰が言うのか、調べても見ない。
7時開店11時閉店の本当のセブンイレブンで充分だろう。CO2の垂れ流し企業。
判らなければウソも仕事。こんな事をして儲けを誰に配分しようとしたのか。経営者が独り占めの欲望を
満たそうというのか。そうなると底なしの独りよがりとなるだけだ。良い仕事など出来る訳がない。
言い換えるなら、良い仕事をすればそこそこ程よく成長するもので、そこには忍耐と努力があって、次のステップを確実に踏んでいけるというモノではなかろうか。
2007/8/13

 


ネット社会の成熟とともに、情報の活用が判断を左右する。たとえばインターネットの情報を追うことで、次々と広がる情報との出会いによって、本来の目的以外の世界をうろうろするなんてことが起きる。気がつくと本来の目的と違った所で、無駄だったり役に立ったりすることもある。

現実の商売では何十年と変わらない仕組みと方法で安心して任せられる取引先であったり、
通販の競争状態に巻き込まれている業種の取引先は前者とは正反対なのである。
固定客と普遍の関係で旨くいく商売が安定しているのであるが、特に昨今変化の激しい折に、
己が変化を読んで、変わる事に柔軟に対応出来ていることを表現していなければいけない。

カンからカン。道路公団問題や住宅公団・社会保険庁など。昭和30年代に卒業して霞ヶ関に入った連中の順僕主義と自己保身政策が悪性ガンとなって表面化したに過ぎない。
カンからカンは民営化といって、官から官僚会社になったことである。
看板を架け替えただけの商売は、いろいろ見てきたがいずれも長くは続かないのである。

昔と変わらないのどかな風景があったら、懐かしい。でもそこは過疎化や投資も来ない見放された所なのかもしれない。
街では隣近所の住人すら声もかけないし、目もあわせない。そしてトラブルや事件も自分に関わりなければ知らん顔している。さて、過疎のほうがまだましと思うこともある。



夏になるとそろそろ、年末商品の展示会があちらこちらでおいでオイデをしている。
ところで、景気が上向いてきたと霞ヶ関ではもっともらしく言い立てているが、誰もが感じるとなると3年先ぐらいかなと思う。「新製品はどこ」と聞くのも気の毒なほど目に留まる商材がない。

メーカーの体力はどこも限界に近いとこまで低下していて、商品開発に費やす資金が欠乏しているようだ。やむなく、昨日までと同じものに色を変えて新商品ですとは。
売りっぱなしで廃業なんてことにでもなったら、仕入れた我々は病気を移された院内感染の患者みたいにぺしゃんこになってしまう。しっかりしてくれ!

技術を生かした真面目にいい商品を出してほしいものだ。売れそうな商品の目先を変えることばかり考えていると、メーカーの持っている技術までも低下してしまう。
2005/7/22




商売人の会話で「寂しいね」と時々耳にすることがある。
何が寂しいのかは受け取り方でちがってくるが、私の場合は地元の商店主が店を閉じて次第にチェーン店やFC店ばかりになって行くことである。

元来、地元にいて消費者と密着して情報を反映させた店舗も、変化と潮流-わかり易く言えば、物を売るスタイルとしてのセルフ式・照明の味付け・空間の使い方・商品の見易さなど-を気が付けば簡単なことに気づくのが遅かったに過ぎない。

うちは文房具を売っている文房具屋なのだから、お客さんは文房具のことなら何でも聞いてくれると思っていると、見つからないだけのことでコンビニのセロテープに手を伸ばすお客さんのいることを知ることになる。
毎月のように商品が発売されていれば、店内は絶壁のごとく高くそびえ、密林のごとくかき分けて商品を探すことになる。ポケットのばら銭を整理するくらいの買い物に、冒険をしてまで 密林の文房具屋に来るだろうか。

商店閑街になっていく商店街は楽しく買い物できないのである。「楽しく」は「らく」と書くのだから「らくに買い物」出来ない事とは「苦しい」に近いのである。若者は 「らく」をしたいのである。
そう考えるとつじつまが合うのではないだろうか。               
2006/2/4
 

コンビにが閉店する。考えてみれば便利ではあるが当のご本人は24時間営業やらで苦労が絶えないのだ。便利と苦労の綱引きがいつまでも続かない。

昭和の終わりに40歳だったオーナーたちがそろそろ70歳に近くなり、体力との勝負がこれからも続くと思ったら、跡取りに魅力を語っている筈もなく、親父を見てきた跡取りが同じ事を繰り返さないのが当然なのだ。

商店の滅亡の時代にしたくない。地方の中心市街地が空洞化を防ぐ施策を考え始めた。
人が集まるところに-時代を感じられる所や、新鮮である所とか、話題の関心が集まる事とか、
物事の進化に普遍的に敏感な人間が相手である事にお客様の心理を見抜くことが大事である。
簡単なことで出来ることは、清潔であること。次に新鮮であること。そして季節を感じること。
「お寒くなりましたね」と夏には言いません。座布団を冬と夏に替えて出す店はほとんどありません。手近には花であしらえます。季節を知らなくても花が季節を演出します。

つづく